会津八一


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 ◆生年一覧

 

会津八一(あいづ・やいち)

1881〜1956。新潟市の生れ。号秋艸道人。早稲田で英文学を学んだのち、坪内逍遥の招きで早稲田中学校教員となり、以後文学部講師、高等学院教授を経て文学部教授に就任、美術史を講じた。古都奈良への関心が生み出した歌集『南京新唱』、前著にその後の作歌を加えた『鹿鳴集』がある。歌人としては孤高の存在であったが、独自の歌風は高く評価されている。

参考図版

色紙会津八一短歌自画讚色紙『いかるかの』 人物写真会津八一 坪内逍遙夫妻と 大11.2
自筆健康会津八一讚 坪内逍遙画 『楽焼がま』 自筆健康会津八一書 『学規』 昭29
自筆健康会津八一書 扁額 自筆健康会津八一短歌・画 『むさしのの』むさしののくさにとはしるむらさめのいやしくしくにくるるあきかな
書簡会津八一書簡 坪内逍遙宛 大7.8 逍遙が八一と同様の朱肉を求めたい,としたことに対する八一の書簡。4種の朱肉の色を示し,一つ一つに批評を添えている。 自筆資料双柿舎記念寄書
自筆原稿綴本 『観音堂』 くわんおんの/たうのいたまに/かみしきて/うとんのかひを/ひとりほしをり/かたはらにものかきをれは/ほしなめし 図書『自註鹿鳴集』 会津八一著 昭28.10 新潮社
自筆原稿会津八一短歌 『早稲田にて』 早稲田にて/むかしひとこゑもほからにたくうちて/とかししおもわみえきたるかも 自筆 昭25