●
【第二次「早稲田文学」と近代文学の成熟】へ
◆
生年一覧
「早稲田文学」広告 明39
島村抱月
が海外留学生として英独留学を終えて帰朝したのは、日露戦争の終結したばかりの明治38年(1905)9月のことであった。漸く新しい機運が起こりかけていた早稲田の文学科の中では、
逍遙
をはじめとし全員が
抱月
の帰朝を待ちわびていたのであった。翌39年1月、
抱月
主宰の「早稲田文学」復刊第1号が金尾文淵堂から発行されるに至った。やがてその編集人に片上天弦、
相馬御風
、白松南山、
中村星湖
らが加わった。同じ年「文章世界」「趣味」が創刊され、「太陽」「読売新聞」などとともに自然主義運動の拠点となった。
参考図版
島村抱月による再興の辞 明39
『作家論特集』 目次 「早稲田文学」 明43.1