第二次「早稲田文学」の出発


【第二次「早稲田文学」と近代文学の成熟】へ

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「早稲田文学」広告 明39

 島村抱月が海外留学生として英独留学を終えて帰朝したのは、日露戦争の終結したばかりの明治38年(1905)9月のことであった。漸く新しい機運が起こりかけていた早稲田の文学科の中では、逍遙をはじめとし全員が抱月の帰朝を待ちわびていたのであった。翌39年1月、抱月主宰の「早稲田文学」復刊第1号が金尾文淵堂から発行されるに至った。やがてその編集人に片上天弦、相馬御風、白松南山、中村星湖らが加わった。同じ年「文章世界」「趣味」が創刊され、「太陽」「読売新聞」などとともに自然主義運動の拠点となった。

参考図版

雑誌島村抱月による再興の辞 明39 雑誌『作家論特集』 目次 「早稲田文学」 明43.1