早稲田と演劇


早稲田と演劇




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早稲田と演劇

大笹吉雄 

 演劇はそもそも早稲田の文科の中心の一つだったし、今もそうだといってあながち間違いではないだろう。坪内逍遙が生みの親だからである。

改めて思えば、逍遙の理想の高さと仕事の幅に圧倒される。早稲田に文学科を設けることに積極的に尽力したのが逍遙である。したがってその時点から、演劇は早稲田の文科の中心部に位置した。なぜなら、逍遙がことのほかの演劇好きで、象牙の塔での研究の一方、実際活動にも精力的だったからである。

 逍遙の仕事の幅とは、一面でいえば歌舞伎からシェイクスピアまでということになる。換言すれば「日本」と「西洋」。それが一つの形になっているのが、早大構内に昭和3年に設立された世界的にも珍しい演劇博物館である。ここのコレクションは、そのまま逍遙の幅を反映している。

また別のいい方をすれば、逍遙の幅とは研究・評論・演出・演技にまたがる。逍遙を一番ランナーとして、早稲田は現在まで数多くの演劇人を生んできた。職種でいうと学者・評論家・劇作家・演出家・俳優ということになるが、逍遙はそれぞれに先鞭をつけたといっていい。まことに早稲田の演劇の「親」である。

 その衣鉢を継いで、現在も活躍中の演劇人は、数を知らないといっておかしくないほど多く、仕事の面でも多岐・多彩にわたる。願わくばこの活力がつづいてほしい。