第三次「早稲田文学」と昭和の作家たち


第三次「早稲田文学」と昭和の作家たち




生年一覧

第三次「早稲田文学」

保昌正夫 

 第三次「早稲田文学」は創刊昭和9年(1934)、終刊24年、16年にわたって、全143冊を編んだ。第二次が終わったのが昭和2年で、それからの「早稲田派」の新人は同人誌を結集して「新正統派」(昭3〜5)を発刊、「早稲田文学」の復活を目ざしたが、事はスムーズに運ばなかった。「不況で(復活の)資金がなかなかあつまらなかった」と「新正統派」の一員であった浅見淵は『史伝早稲田文学』(新潮社)に記している。しかし、この「早稲田新人総合文芸雑誌」と表紙にうたった「新正統派」には逸見広尾崎一雄丹羽文雄らも書いており、第三次「早稲田文学」の呼び水の役わりを果たしていることになると思う。

 昭和9年6月創刊号の創作欄には正宗白鳥尾崎一雄和田伝逸見広宇野浩二の作が並んでいる。明治からの白鳥、大正からの宇野、やがて芥川賞を受ける尾崎一雄、この期の「早稲田文学」の層はなかなか厚いのである。いわゆる文芸復興が提唱された直後に創刊し、昭和10年代の文壇に「三田文学」と並んで在った観のある「早稲田文学」は、これを主宰した谷崎精二が心がけた「自由主義最後の保塁たる面目を保ち得た」(稲垣達郎)。井伏鱒二の自叙伝『鶏肋集』(昭11)なども見おとせない。

 早稲田の在籍者ではない、川崎長太郎、木山捷平、外村繁らの作が掲載されているのも見どころ。「新聞雑誌文学一覧」も見あらためたい他誌にはない資料欄である。現在、この時期の「早稲田文学」について最も要領を得てまとめてくれているのは紅野敏郎『昭和文学の水脈』(講談社)所収の「第三次「早稲田文学」の意義」。