広津和郎


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広津和郎(ひろつ・かずお)

1891〜1968。東京生れ。柳浪の次男。大正2年英文科卒。在学中「奇蹟」同人となる。総合誌「洪水以降」の批評欄を担当、評論で注目される。また、モーパッサン、チェーホフなどの翻訳に携わる。小説家としては、性格破産者を扱った『神経病時代』で認められた。

戦後の広津和郎を強く特徴づけるのは、「松川裁判」への批判的関与である。約10年以上にわたり、粘り強くこの問題にかかわり続けた彼の姿勢は、「自由と責任」という終生のテーマに帰着する。

参考図版

図書『作者の感想』 広津和郎著 大9.3 聚英閣 図書『神経病時代』 広津和郎著 大7.4 新潮社
自筆資料広津和郎『青桐』 原稿 「女性」 大15.5 所載 人物写真広津和郎(右)と志賀直哉 昭22
図書『同時代の作家たち』 広津和郎著 昭26.6 文芸春秋新社 図書『松川裁判』 広津和郎著 全3巻 昭30.6-33.10 筑摩書房
図書『美貌の友』 広津和郎訳 大11.10 天佑社