木下尚江


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 ◆生年一覧

 

木下尚江(きのした・なおえ)

1869〜1937。長野県松本生れ。尚江は本名。筆名は樹蔭生等。明治21年東京専門学校の英語法律科を卒業して帰郷。32年石川半山の口ききで島田三郎の毎日新聞記者となり、廃娼運動、足尾鉱毒問題、また軍隊、教育勅語、天皇制に関して鋭い筆鋒を揮った。尚江の作品『火の柱』『良人の自白』や石川三四郎らと興した雑誌「新紀元」等は、所謂キリスト教的社会主義の立場から、その時代の社会批判を恣にした。

参考図版

図書『廃娼之急務』 木下尚江著 明33.10 博文館 図書『火の柱』 木下尚江著 明37.5 平民社
自筆資料木下尚江 『信濃富国論』明24.10 稿本 図書『良人の自白』続編 木下尚江著 明39.7 金尾文淵堂