国木田独歩


【逍遙とその周辺】へ

 ◆生年一覧


【第二次「早稲田文学」と近代文学の成熟】へ

 ◆生年一覧

国木田独歩(くにきだ・どっぽ)

1871〜1908。銚子生まれ、本名哲夫。明治21年東京専門学校入学。それに先立ち民友社系の青年協会に入会、文壇社、青年文学会にも加わり、「青年文学」や「国民新聞」に随想、評論などを発表。学生運動に関係して明治24年退学、各地を転々としたあと再び上京し、民友社に入社、「国民之友」や「近事画報」の編集をしながら創作を続けた。一般に「自然主義の先駆者」と評されるが、彼の文学史的位置はきわめて大きい。

脚光を浴びたのは晩年で、明治38年『独歩集』、39年『運命』を刊行し、自然主義の文壇に迎え入れられてからだった。

参考図版

雑誌「国民之友」 明20創刊 民友社 徳富蘇峰主宰 雑誌『戦時画報1』 「近事画報」 臨時増刊 明37.2 日露戦争に際し発行,おおいに営業成績を上げ、編集責任者として国木田独歩の生活も安定した。
自筆資料国木田独歩 『亡き友・ひばり』 詩稿 自筆資料国木田独歩 『たき火』 詩稿断簡
図書『武蔵野』 国木田独歩著 明34.3 民友社 自筆資料国木田独歩『牛肉と馬鈴薯』 ロシア語訳草稿 二葉亭四迷筆
挿絵・絵画『病牀録』(国木田独歩著)に挿入された病臥図 小杉未醒画 図書 『独歩遺文』 国木田独歩著 明44.10 日高有倫堂
図書 『運命』 国木田独歩著 明39.3 左久良書房 (小杉未醒装幀) 図書国木田独歩著 『独歩集』 明38.7 近時画報社