水野葉舟


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水野葉舟(みずの・ようしゅう)

1883〜1947。本名盈太郎。東京下谷生れ。与謝野鉄幹の新詩社で無二の親友高村光太郎と知る。明治38年に政経科卒業。窪田空穂の創刊した歌誌「山比古」の同人となり、詩歌を発表。のち自然主義文学の影響により、散文に転じた。『響』『森』等の小品集を刊行して注目される。大正13年文壇を去って千葉県に移住し、郷土文化の向上に貢献した。

参考図版

図書『響』 水野葉舟著 明41.12 新潮社 挿絵・絵画『微温』 水野葉舟著 明42.11 易風社 口絵 高村光太郎画
図書『明暗』水野葉舟・窪田空穂著 明39.7 金曜社 図書『あらゝぎ』水野葉舟著 明39.7 金曜社
自筆資料水野葉舟短歌『我はもよ...』 自筆