島村抱月


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 ◆生年一覧

 

島村抱月(しまむら・ほうげつ)

1871〜1918。本名瀧太郎。島根県出身。東京専門学校文学科の二回生で、明治27年に卒業。在学中は文学を逍遙に、哲学を大西祝に学び、文学と哲学の交差点としての美学の研究に深い関心を抱き、この態度は終生続いた。卒業とともに早稲田文学記者となる。31年9月から大西の後を受けて母校の講師となり美辞学、支那文学、西洋美学史を講じ、かたわら「読売新聞」の「月曜付録」を主宰した。

参考図版

自筆資料島村抱月卒業論文 『覚の性質を概論して美覚の要状に及ぶ』 「早稲田文学」 明27.9-12 に掲載された。 自筆資料島村抱月の美学講義草稿
書簡島村抱月書簡 大西祝宛 明32.2.15 書中に「早稲田文学は到頭廃刊の悲運に立到申候」とある。 リンク【抱月の外遊】へ
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